今年もニュースで防大の卒業式を見て、当時の思いがよみがえりました。
防大では学校長が全員に一枚ずつ卒業証書を渡してくれますが、
もらい方の動作など、相当時間練習させられます。
ついつい右と左が一緒に出てしまったり、みんな非常に緊張していましたね。
防大の卒業式は毎年3月の第3週目の日曜日に行われます。
国家斉唱からはじまり、
総理大臣が訓示を述べ(その年の防衛方針を国民に説明するのと兼ねる場合が多い)、
学校長から卒業証書を手渡され、最後に学校歌をうたって終わりです。
式終了後、皆さんもテレビで何度か見たことがあるかと思いますが、
学生隊学生長(学生で一番エライ人)が一言述べたあと、
「別れ(わかれ)!」の合図とともに、卒業生が帽子を真上へ一斉に投げます。
帽子を投げた際に何か叫んだ記憶があるのですが、
思い出せません。。。
ただ「もう卒業なんだ。。。」と、少しさびしい気持ちになったのを覚えています。
自衛隊にそのまま行く学生たちは、
帽子を投げたあとにダッシュで学生舎(寮)に戻り、
陸海空各々制服に着替えます。
この後に行われれる観閲式(パレード。確か任官式も兼ねていたと思う)に参加するためで、
卒業式が終わったら即曹長に任官します。
では、私のように自衛隊に行かなかった学生はどうするのでしょうか。
私も一旦学生舎に戻りましたが、
制服を脱いで、スーツに着替えました。
その後任官しない学生だけが教場に集められ、
幹事(現役の自衛官で陸将補というかなり上の階級の方)からの講和がありました。
卒業してもう20年近くになりますが、
当時幹事が話した内容を今でも覚えています。
「残念ながら君たちは任官しなかったわけだが、
防大卒ということでは任官した学生と同じだ。
是非それぞれの業界で活躍して、
『さすが防大卒はすごい』と言われるような人間になってほしい。
それが自衛隊や防大に対する最大の恩返しだ。」
任官するには事前に宣誓書を提出するわけですが、
任官しないことを指導官に伝えた後、
宣誓書提出期限ぎりぎりまで説得されました。
私自身、
「これまで税金で飯を食わしてもらったのに、裏切り行為になるのではないか」
と、後ろめたい気持ちでいました。
ですから、最後の最後も怒られるんじゃないかと思っていましたが、
幹事は快く、後ろめたさを一掃してくれるような後押しをしてくれたのが
本当にありがたく、嬉しかったですね。
『さすが防大生といわれるようになろう』と硬く決心した日でした。
最後に余談ですが、
みなさん、「卒業生が投げた帽子はどうなるんだろう?」と
不思議に思われるのではないでしょうか。
本来帽子は国からの貸与なので、ぼろぼろでも返さなければなりません。
しかし前もって数百円程度のお金を払えば買うことができます。
一年生が帽子回収作業員として拾って、
後で個人に届けてくれる仕組みになっているわけです。
ちなみに僕もお金を払いましたが、帽子は行方不明です(笑)
初めまして。
私は、貴方と少し状況が違いますが、防大卒後、幹部候補生学校にも、入校し、中学生時代からの憧れのジェットパイロットを、目指し、航空自衛隊の学校に、進んだのですが、残念ながら、夢半ばにして、その道は、たたれてしまいました。 与えられた次の職種もパイロットの道ではなく、結局自衛隊を退職しました。勿論その折は、防大先輩や上官から、強い残留の説得は、ありましたが。
国を守る気概は、当然強いものは、もってましたが、自衛隊に、残らずとも、民間の世界でも、その気概は,忘れることなく、いざとなれば、日本国のために,体をはる気持ちは、持ってました。また、防大卒の矜持を、忘れることは、なく、厳しい防大生活四年間で、得たものは、数多くあり、その後の民間に移った会社生活の中で、もう40年にも、なりますが、色々な場面で、防大魂は、発揮でき、自衛隊に、残らなかった申しなさを,返す機会では、おおいに、自分の力、根性を、発揮してきました。貴方の言われるように、自衛隊だけでなく、一般社会の中でも、防大で得た知識、精神は、発揮でき、活躍できるものと考えます。
勿論、防大設立の意義、目的からは、ずれた考えかも知れませんが、今の複雑な社会、世界環境を考えると、優秀な防大卒業生が、自衛隊内だけで、活躍するのでなく、外の世界で飛躍、活躍することも、意義あることと思います。途中退官された現防衛大臣、また大学教授、評論家の森本敏氏等は、良い例でしょう。今年の防大卒業生の任官拒否は、1割強とのことですが、正直、次の幹部候補生学校には、入校してもらいたかったのですが、就職などタイミングの問題もあり、やむを得ないのかもしれません。幹部候補生学校では、より自衛隊の勉強ができ、自分の発揮する場面は、官か、民か、よりはっきりするからです。