先日テレビで、

安倍総理が遺骨収集作業の視察で硫黄島を訪れているニュースをみて、

私も防大3年生のときに硫黄島に行った時のことを思い出しました。

 

友人との飲み会で旅行の話になり、

「今までどこに行ったことがあるか?」と聞かれ、

旅行ではないんですが「硫黄島」と答えるとみんな黙ってしまいます。

 

ご存知の通り硫黄島は激戦地で、

2万人強の日本軍が玉砕しました。

「硫黄島からの手紙」をご覧になった方も沢山いらっしゃることでしょう。

  

硫黄島へは一般人が行けないため交通ルートがありません。

防大生は自衛隊機で行くわけですが、

「結構遠い」と感じました。

 

現地は自衛隊員しか(?)おらず、

飲み屋などはもちろん、コンビニもない無人島に近い島です。

基地の中には食堂などもあったと思いますが、

私たちは12日分の食事と飲み物を持参しました。

 水は貴重ですから風呂には入らず、

夜は体育館で雑魚寝でした。

 

訪れた当時ですでに戦後何十年も経っているわけですが、

戦争の爪後が生々しく残っていました。

トーチカも遠くからみたら壁に模様が描かれているのかと思いましたが、

近づいてみたら、

10センチの隙間も無いくらいにまで、

びっしりと打ち込まれた弾痕の後でした。

日本軍の水平砲などもそのまま残されていましたね。

 

米軍は上陸前に、硫黄島に対して艦砲射撃をし、

全滅状態になったと考えて上陸をしましたが、

実際には地下迷路のようにほられた豪の中に日本軍は隠れていたわけです。

 

私たちもその豪に入りましたが、

映画では広く見えた通路や作戦室も、

かがんで移動しなければならないほどの狭さでした。

 

訪れたのは夏ではありませんでしたが、

中はとにかく暑くて、こんなところに隠れていたなんて信じられませんでした。

  

映画を見ていても過酷さは伝わりますが、

実際に肌で感じてみないと分からないことがたくさんあるなあと思いました。